※男主人公(恋人設定)
マイク・ハガー記念スタジアムで行われるデイリートーナメントの表彰台にて。賞金の書かれたパネルと立派な賞品を無感動に掲げる男をじとりと眺め、ジェイミーは「パーフェクト勝ちした時くらいはせめて愛想よくしろよ」と溜息を吐いた。
めでたく優勝を果たした彼の名は
という。ジェイミーとは浅からぬ付き合いで、友人以上恋人未満、といった肩書が相応しい間柄だった。互いに恋愛感情の有無をわざわざ口にしたことはないが、性的な接触はすでに数え切れぬほどの回数を経験していた。ストリートファイトの決着の流れから、軽く汗を流すかとどちらかの家に行き、二人で一緒にシャワーを浴びて、そのまま、といった具合である。
とジェイミーはどちらの意味でも体の相性が良かった。ただ、最初に肌を重ねたときのことを、正直ジェイミーは今でも少しだけ後悔していた。
は、知れば知るほど良い男だったからだ。それは間違いなく誤算だった。ここまでこの男にハマってしまうとは想像もしていなかった。せめて
から「好きだ」と言われなくては気が収まらないジェイミーだったが、
はいつまでも言う気配がない。他人の気持ちを量れない男だから、ああやってつまらなそうに表彰台に立てるのだろう。
観客席から一足先にロビーに戻ったジェイミーは、天井に吊るされた大型モニターで
の優勝インタビューを見た。本日はフーチューブの取材も入っているようで、エターニティが
にリボンのついたマイクを向けている。恐ろしく絵になる二人だった。有名人になるべくしてなったと言わしめるエキゾチックな美貌と八頭身を持つエターニティと並んでも、
は遜色がない。格闘家として鍛え上げられた上質な筋肉と、恵まれた長身、それから、無駄に甘いマスク。東洋人であるからかメトロシティではやたらと若く見られる彼だが、青少年と呼ぶには色気に溢れすぎている。その上スポットライトを浴びると余計に際立つ
の美形さに、ジェイミーは舌打ちを零した。
チャンネル登録者数の多いエターニティの動画で
が紹介されれば、今まで以上に彼のファンは増えるだろう。市内ではそれなりに人気のあるジェイミーの知名度も、すぐに超えてしまうかも知れない。けれどどうせそんな小競り合いだって、気にするのはジェイミーだけだと思うとままならなかった。
はいつだって周囲の評価に興味がない。そんな
に腹が立つが、その気高い強さは彼の魅力の一つでもあった。
「……クソ野郎」
悪態のスラングを吐くと同時に、モニターの中央に映った
と目があった。
ぐん、と力強く彼に引き寄せられる錯覚がする。ただそこにあるだけで、引力の塊みたいな男だった。ああ、殴りてえな、とジェイミーは目を細める。
キーン、とマイクがハウリングしても、画面越しの
は視線を逸らさない。
『
さん! 優勝した気分はどうですか?』
「まあ普通に……嬉しいです」
淡泊な
とは反対に、エターニティの身振り手振りは大仰だ。華がある、と言った方が正しいだろうか。演者として完成されている巧みな動きは、直立する
さえも煌びやかに彩ってみせる。
『ふむふむ。本日はどうしてこの大会に出場なさったんですか?』
「優勝賞品が、限定モデルのスニーカーだったので」
『へえ! お好きなんですか?』
「はい。ジェイミーが」
――は?
ジェイミーはこれまでの思考を全て中断し、思わず姿勢を正してモニターを睨んだ。今コイツなんつった? 聞き間違いじゃなかったらオレの名前呼ばなかったか?
ロビーに残っていた数人のうち、ジェイミーの存在に気づいていたファイターたちが一斉にこちらを見る。そうだよな、今オレ呼ばれたよな。はい、呼ばれてましたね。ジェイミーは彼らと頷き合う。
『ジェイミーさん、と言うと……メトロシティのトラブルバスターの?』
「そうです」
『こちらのトーナメントにも何度か参加されていらっしゃいますよね。
さんは、彼とお知り合いなんですか?』
ゴクリ、と無意識に鳴ったのはジェイミーの喉だった。
が何を言うか予想が付かない。それでいて、どこか期待している自分も居ることに気づいていた。心臓も激しく鼓動する。まさか、緊張しているか? このオレさまが? ジェイミーは「ハハ……」と力なく笑う。
同時に、液晶の中の
がまるで今優勝したとでも言うような顔で、笑った。
「俺の恋人です」
「――ぶっっ!?!?」
ロビー中の視線が再びジェイミーに集約する。「そうなんすか?」きょとんとした顔のファイターが怖いもの知らずな質問を投げかけてくる。
「知らねえよ!」
ジェイミーが吠えると「知らねえって」「知らねえなんてことある?」「
さんならありそう」「あー」とそれぞれが自由に会話を始めるものだから余計にいたたまれなかった。試合が終わってもなんでまだ残ってるんだと思ってたらこいつら
のファンかよ! 良い目の付け所してんな!
鼻息荒く肩をいからせるジェイミーをよそに、インタビューは進んでいく。
の答えを受けたエターニティは一瞬虚を突かれたように目を丸くしたが、すぐに両手を合わせて嬉しそうに拍手をしてみせた。手袋が摩擦して素手よりも低い音が鳴る。
『うーん! 良いですねえ! では、せっかくなので恋人のジェイミーさんに一言! 最後にお願いします!』
ジェイミーはもう、何を言われても平気な気持ちでいた。事実を確認した
のファンたちはそれ以降もからかう雰囲気などは全くなく、ジェイミーと同じようにじっとモニターを見つめている。
が息を吸う。
「ジェイミー、愛してる。誕生日おめでとう」
全身の毛穴が開いたような感覚があった。皮膚が鋭敏になって、空気の流れさえ気持ち悪くて、髪の毛一本一本まで神経を感じる。それなのに時間の経過だけは曖昧で、ジェイミーは呆然と
を見ていた。
どれだけ経ったかは分からない。気づけばロビーにはジェイミーしか居なかった。
のファンは出待ちしないタイプのようだ。彼のファンらしいな、とジェイミーは思った。
とりあえず現在時刻でも確認するか、とジェイミーが端末を取り出そうとしたところで、関係者口の通路から賞品の入った紙袋を持った大きな男がのしのしと歩いてくる。ジェイミーが「おう」と顎をしゃくると、男は片手を上げた。
「ジェイミー。お待たせ」
別に待ってねえよ。と言うつもりが「……遅えよ」と不貞腐れた声が出て驚いた。けれど、訂正する必要があるとも思わなかった。
「ごめん。急いだんだけどインタビューあってさ。見てた?」
ファイトの時の
は、さながら鬼神のようだ。長身と、それに見合った膂力で相手をねじ伏せる。圧倒的な強者の暴力に勝る強さなど存在しない。だが、平時の
は穏やかな波のように変化に乏しく落ち着いている。それでいて人間らしく、大胆な発言をした自分を思い返し恥ずかしがる可愛さもあるのだから、敵わなかった。
「……
って、オレのことすげー好きだったんだ?」
頬を掻きながら視線を外したジェイミーが気まずそうに返す。だが
は一体何が不服だったのか、あるいは一体何に興奮したのか、紙袋を足の間に置き、空いた両手でジェイミーの顔を正面に固定すると突然舌を入れるキスを送った。歯列をなぞり唾液を絡ませたっぷりと舌を吸う愛撫の生々しい音に、
の背後に映るスタジアムの受付嬢が「きゃあ」と短い悲鳴を上げて口を手で押さえたのが見えた。
ジェイミーがたまらず
の右頬を殴りつけようと腕を上げると、それが分かっていたかのように拘束され、さらにきつく唇を吸われてしまう。
永遠にも思えるキスの途中。目が合った受付嬢が真っ赤な顔で何も見ていないと言わんばかりにぶんぶんと首を振るうのにあてられ、羞恥心が一気に沸騰してしまい、ジェイミーの全身は薬湯で茹だったように赤く染まった。
キスが終わって解放されるとジェイミーは息を切らしつつ呆れた顔で
を見上げたが、彼はそんなジェイミーすら愛おし気に眺めて言った。
「うん。すげー好き」
その瞬間。ジェイミーは今まであれこれ悩んでいたこと全てがどうでもよくなって「オレも」と答えていた。
「オレも、
が好きだ」
ずっと言いたかったけれど言えなかった。意地になっていたのもあるし、単純に、怖かった。同じ気持ちだと思っている相手が本当にそうなのか、ジェイミーは自信がなかった。自分の親が辿った道を間近で見てきた経験が、いつだってジェイミーを踏み止まらせていた。
言ってみれば呆気なかった。目の前の
は、泣きそうな顔で「うん」と瞬く。「ばぁか。泣いてんなよ」ぺし、と軽く手の甲で頬を打つと「デイリートーナメント優勝したのが嬉しくて」とイチミリも思ってもなさそうな返事が返ってきて、ジェイミーはつい噴き出してしまった。
「……帰るか」
どちらからともなく言い出して、荷物を持ち、入口へ向き直る。
ドアを潜る瞬間、受付のほうへ振り返って申し訳なさそうに会釈するジェイミーに
は首を傾げながらも、同じようにぺこりと会釈をしてからスタジアムを出た。
外はまだ太陽が出ている。夜と呼ぶには早すぎる時間だったが、人目を気にせず
はジェイミーの手を握った。ジェイミーもそれを振りほどかない。二人は恋人だから手くらい繋ぐ。
「あのインタビュー動画、公開中止になるんだって。音声が上手く録音できてなかったらしくてさ」
「……それ、本当に音声トラブルのせいかよ?」
「俺に教えてくれた時、エターニティはマジで悔しそうにしてたよ。最高のインタビューが出来たのに、って」
普段は固く拳を握るかさついた二人の男の手のひらが、柔く開かれ互いの体温を交換し合っている。明日にはまた殴り合ってるかもしれないが、今はこの形が一番自然だった。自然な形を選べる幸せを、二人は噛み締めて歩く。
「あ、そうだ、ジェイミー。今日は俺ん家来てよ。バースデーケーキ買ってあるし」
が、駅の向こう、自身の住む家がある方を見ながら呟いた。ジェイミーは片眉を上げて「別にそりゃどっちでもいいけど」と、同じ方角を見る。
「オレ忘れてたわ、自分の誕生日」
「えぇ? ありえねーわ」
「まあ良いじゃん。
は覚えてたろ?」
そう言ってやれば、一度は否定したもののどうやら
はジェイミーの意見に流されてくれたらしい。「それもそうだね」と納得した声で呟いて、ジェイミーに顔を向けた。
がさり、がさり。
が持つ紙袋が歩行に合わせて彼の足を叩いている。それが不意に途切れた、刹那。
「これから先も、どっちかが覚えてりゃ良いか」
ジェイミーの脳髄を、新鮮な空気が通過していく。背骨がすうっと冷えて、筋肉が強張って、血液だけが興奮に煮えているのが分かる。隣に並ぶ男が世界で一番愛おしいとジェイミーの本能が言っている。
その本能が、ジェイミーの喉をひとりでに震わせた。
「それってプロポーズ?」
足を止める。視線がかち合う。握った手に力が籠るのが分かっても、緩めることはできない。
はジェイミーを見下ろすと、きつくその手を握り返した。
「プロポーズにして良いの?」
「はあ? ……そんなの、オレに聞くなよ」
ぶっきらぼうに吐き捨てたジェイミーが前を向き直して足を動かすと、繋がれた
も引きずられるようにして歩き出す。
「……」
「……」
二人が黙ると、どこからかハロウィンをテーマにしたポップな曲が聞こえてくる。場違いなメロディだったが、不思議と心地よかった。
「あのさ、ジェイミー」
「んだよ」
「指輪買って帰ってもいい? あと、出来れば一緒に選んで欲しい……」
己よりも十センチ以上高い位置から発せられた弱弱しい声が告げた内容に、ジェイミーは笑ったらいいのか泣いたらいいのか分からなかった。
意固地になっていた自分が馬鹿に思えるほど、今日の
は直球しか投げてこない。思えば最初から〝そう〟だったから、ここまで二人は親密になれたのに、どうして忘れられていたのだろう。ジェイミーの堅牢な檻をあっさり開けてみせた男だから、ずぶずぶと惚れてしまったのだ。
自分が今どんな顔をしているのかジェイミーには見ることは叶わない。しかし、それを映す
の顔が眩しそうに歪むから、きっと正解を選べていたに違いなかった。元より、彼の中に不正解など存在していないかも知れなかったけれど。
「仕っ方ねえなぁ。一生使えるイカしたヤツ、責任持って選んでやるよ」
ただ、なぜだろうか。妙に視界が滲む。語尾もふやけて、最後の方は言葉にならなかった。それでも。
が「うん」と頷くから。それでよかった。
「ジェイミー、誕生日おめでとう」
貴重品を包むみたいに、優しい声が鼓膜を揺さぶる。返事の代わりに今度はジェイミーの方から、衆目を振り切り
の唇を乱暴に奪ってやるのだった。