平平凡凡であるとかそれこそ普通であるとか一般的であるとか汎用的であるとかまぁこいつを表現する言葉なんてそれこそこいつが普通である内は当たり前のようにそこらへんに落ちまくっているんだろう。とは、まぁ「そんなやつ」だ。誰に聞いても彼女のことを「おかしなやつ」であったり「目立つやつ」と答える人間は居ないだろう。
 勿論、俺自身ものことはそれこそ普遍的なもののように「一般の枠からはきっと一生外れることのないような綺麗に舗装されたレールの上をちんたらノコノコと歩いているような女の子」という認識をしている。イコール、普通の女子でなんら差支えないだろうと思っているというわけだ。

 しかしこのという女は、いかんせん「頭のネジが緩んでいるのか?」と、疑いたくなるような振る舞いであったり表情であったり言動であったりを不意に飛ばしてくることがある。
 まぁ……人間として生きている以上、他人が自分には予想できないことをやってのけてしまうということはそれこそ「予想できる」ことであり、そこに直接的なおかしさを感じる人間なんてほとんどいないかも知れないが――、けれどものその「不意」はすべて「本来の意味を持ち得た不意」であり、「予想は出来たが予測できなかったこと」ではなく「予想も予測もなるべくならしたくは無かったこと」であるのだから問題なのであった。
 それを簡単な言葉で表すならば、そう、まさしくネジが緩んでいる――否、外れている――という表現がぴたりと当てはまるだろう。ただ、前提として大事なのが一つ。彼女が周囲に「そういった認識」をされているか、と聞かれればそうではない。最初に言った通り、“彼女自身”は日常に埋没してしまいそうなほどに「普通」であり「一般的」であるわけなのだから、彼女のことを「そうではない」と認識するには、そう評価する自分の中にも「そうではない」一面を持っていなければならないのだ。
 だから“彼”が、そんな彼女と接触し、それを最初に見つけてしまっても、なんらおかしくはないことだった。
 ただ強いてそれに関して問題を挙げるとするならば、その“彼”こそが普通とはどうあがいても結びつかないであろう程に、凶悪で残忍で不幸で幸福で弱者で強者である人間であり――、そしてそれに気が付いていないのが恐らく、この学校で彼女「ただ一人」だけだということ、に尽きるだろう。



盛者必衰の断りを露す



「前から、好きでした……! もし良かったら、その……僕と、お付き合いしてくれませんか……!」
 “その”現場を人吉善吉が目撃してしまったのは、本当の本当にただの「偶然」であった。
 生徒会室に向かおうとしている最中、掃除係に駆り出されたであろう同じクラスの友人の手元を占領するゴミ袋を見つけそれとなく話しかけた際に、あろうことか「自分の代わりに焼却炉へと持って行ってはくれないか」と頼まれ「まぁコイツが行きたくねーなら代わりに行ってやるか、役員会まではまだ時間あるし」と、いつもの調子で嫌な顔一つせずに華麗なる二つ返事で承諾してしまった結果の「偶然」に過ぎなかった。
 いつもの善吉ならば、他人の告白現場など見てはいけない物を見てしまったと思い、すぐに引き返しただろう。
 ――けれどもその、相手が些か問題であった。
 告白をした男の方ではない。告白をされた女の方が問題であった。友達、と呼ぶには深い仲とは言えないけれど、知り合いと呼ぶには少しだけ寂しい気もする、そんな間柄を一応は築けているつもりである彼女の名前はといい、当然のように善吉と同じクラスに所属する人間である。
 そして最近、善吉本人の頭の中の大半を埋め尽くす悩みにも似た何かの「原因」であった。

 そんな彼女が、告白をされている。

 は、“一般的”に言えば可愛い部類には入るのだと思う。
 とはいえ善吉には自身の幼馴染しか眼中にないため、まともな判断は出来ないのだが、目の前で起こっている事象を鵜呑みにすればそういう判断で間違いないだろう。そう考えるならば、告白をされていることは、なんらおかしなことでもないし、問題ではない。
 ――けれども“彼”は知っているのだろうか?
 ここでいう彼というのは、今まさにに告白をしている男子生徒の事ではないのだけれど、「彼」が“彼”を知っているのだろうか? という意味に取っても差支えは無い。善吉にとっては――そして恐らく「彼」にとっても――どちらも大きな問題であることには変わりないからだ。
 善吉にとって知り合い以上友達未満であるが、きっと困っているだろうということは雰囲気で察したが、善吉は彼女がなんと答えるか、ということに少なからず興味があった。

 焼却炉の近くの吹き抜けに、渦中の二人の姿はあった。
 そこへ長く続く廊下の、幸いにも逆側から歩みを進めていた善吉は、図らずとも二人が良く見える花壇の裏で身を縮めて隠れていた。手元には大きなゴミ袋が二つ――しゃがむ際に音が鳴らなかったのは奇跡に近かったけれど、仮に鳴っていたとしても周囲の環境音がそれをかき消してくれたであろうというほどには辺りは「日常」に包まれていた。なんせいまは、放課後に差し掛かろうという、気の早い連中はもう外で部活を始めている時間なのだ。
 このままここで待機をすることになったら、役員会には間に合わないだろうと思ったが、それよりも今ここで“起きてしまうかもしれない最悪の事態”を予想したとき、自分がここに居ない方が“危ない”のではないか、と善吉は直感的に思い、頭に思い浮かべた幼馴染の姿を振り切った。

「えっと、その……」
「急だとは分かってるんです。でも、僕、ちゃんの事が好きで……」
「…………」
「もし今、好きな人が居ないなら……僕と……」
「……あの、」
「僕と、付き合ってほしいんだ」
 歯切れの悪い様子で視線を彷徨わせると対照的に、ぐいぐいと押すようにに迫る男子生徒に、善吉は止めるべきかと腰を上げようとした。だが、一瞬「部外者でしかない自分が盗み聞きまでして二人の様子を見ていた」という事を晒していいものかと悩み、それを躊躇った。決して、それは保守的な考えからではなく、ここで自分が出て行って万が一現状が悪化した場合のことを考えたからであったのだけれど、善吉はその一瞬の「迷い」に酷く後悔し、ほんの一瞬。
 ほんの一瞬だけ、「そこ」から目を離してしまった。


 辺りを包んでいたはずの日常が、まるで切り取られたかのように消え失せ、代わりに、ざわざわと薄手のビニールが擦れる音――それは紛れもない善吉の左右のゴミ袋から発せられていたが、そんなことはどうでもよかった。
 まずい――そう思って善吉が視線を戻せば、そこにはこの学校では見慣れない黒の制服である学ランを着こんだ少年が楽しそうに二人を見ていた。

「『ねえ、君。一体だれに許可取って僕のちゃんに話しかけてるの?』」

 “彼”が一言発すれば、辺りの静けさは身に痛いほどになって、近くに居る善吉までもがその雰囲気にあてられて鳥肌を立たせてしまう。そうなってしまえば、「普通」の人間にはもう、どうすることもできない。ましてやそれが「普通に生活をしていれば彼のような人間とは出会うことすらないだろうという人生を送ってきた人間」ならなおさら、だ。その証拠に、に告白していた威勢はどこへやら、男子生徒は足を震わせて「彼」――球磨川禊を見つめることしか出来ないでいるようだった。
 逃げ出さないだけでも立派というべきか――けれども善吉は、彼に対して「早く逃げろ」と、ただそれだけを願っていた。
 善吉の知りえるところで思いつく言葉を並べて球磨川禊を表現するとしたら、彼は恐ろしいほどに残忍で、冷徹で、畏怖の象徴で、それでいて――吐くほどに優しい言葉を紡ぐ人間であったからだ。

「『ちゃんが可愛くって声をかけたくなっちゃう気持ちはわかるけどさ、物事には順序ってものがあるじゃない』」
「……それ、多分球磨川先輩にだけは言われたくないと思いますよ」
 ――もし、善吉が、に対して考えを改めなくてはならないな、と思わされる瞬間というものが、その球磨川禊と時間を共にしているときだと事前に男子生徒に説明していたのならば、この状況を打破することが出来ていただろうか。
 以前、善吉がに「球磨川先輩」の話を聞かされたとき、が普遍的なレールから逃れた人種だとは思ってもみなかった。なぜなら「球磨川禊が普通であるか否か」という質問をされた際、彼女の意図は「否である」という一点にのみ傾いていると思っていたからだ。
 けれども彼女の真意は違った。
 彼女は「彼が自分たちと何ら変わりない普通な人間である」という自分の認識が間違っていることなのかどうか、ということを聞きたくて質問したにすぎなかった。そもそも、内容が違っていたのだ。「普通である」と思って当たり前のことだとが思っていたからこそ、善吉に「そうであるか否か」を聞いただけであった。
 それがいかに恐ろしくてあり得ないことであるのだということを彼女は知らないのだろう。
 球磨川が現れて、明らかな安堵を見せたに、善吉は少なからず畏怖した。また、彼女に多大なる「不意」を突かれたのだ。

「『例えばまずは自己紹介とか! 何年何組で、あとは名前と血液型とスリーサイズ! それから、家族構成と住んでるところ、出身中学に親の職業、あとは……月のお小遣いも聞きたいかな!』」
「…………え?」
「『やっだなぁ、冗談だよ冗談。あ、もしかして僕が誰か? って気になってるのかな? 確かに僕も君のこと知らないし、君が僕のことを知らなくてもおかしくはないよね! だったらまずは僕から自己紹介をするべきだね』」
 明朗快活な笑顔と話口調は、そのおぞましい雰囲気に相反して彼を安心させているようだった。恐怖に滲んでいた顔がうっすらと和らいでいくのが傍目で分かった。はと言えば、すっかり告白をされたことを忘れてしまっているのだろう。困った顔の端っこで「帰りたい」という雰囲気を滲ませていた。このとき、この場に居る人間の中で、いま何かが起こってしまう、という予兆を感じ取れなかったのは恐らく、立ちすくんだままの男子生徒だけだろうと善吉は思った。
 もしかしたらもかも知れなかったが、球磨川の悪意が悪意という形に象られないで終わるに対してはそんなことは意味のないことであったから、事実がどうであっても大して重要ではないだろう。

「『僕の名前は球磨川禊。君は特別。“禊ちゃん”って呼んでもいーぜ!』」
「……あ、あの、」
「『ちゃんのこともさ、“ちゃん”って呼んでただろ?』」
「え?」
 善吉が思う、球磨川禊という男の恐ろしいところは強大な過負荷でもその精神でも幼稚さでもなく、その力を持っているというのに果てしなく一途であるというところにあると思っていた。
 ふらふらと足を浮つかせながら歩いているフリが上手いだけで、ずっと、ずっと同じ道を一直線に歩いている。ただ、その道に障害があったとき、彼は自分でそれを退かそうとは決してしない。障害物がそこから退いてくれるのを待つのだ。善吉はそれが恐ろしかった。誰とも戦わないということはそう言うことで、普通に生きている人間には到底無理なことであったからだ。
 けれども、はどうだ。
 おかしいところは何もない。平平凡凡で一般的で普通を絵にかいたような人間であるという認識は、改めるつもりは毛頭ない。それでも、が生きてきた道というものが、善吉には全く想像できなかった。自分の幼馴染でさえ、目の前に居るこの凶悪な男でさえ、想像出来ると言うのに。
 善吉は以前、一人頭の中で彼女のことをこう表現したことがある。「一般の枠からはきっと一生外れることのないような綺麗に舗装されたレールの上をちんたらノコノコと歩いているような女の子」――と。
 もし……「もし」、だ。
 もし仮にそのレールの横幅が、確認出来ない程に広かったとしたら、彼女の前にある小さな障害物など、越えるに値しないものなのではないか。そうだった場合、それは「普通」という枠組みさえも容易に飛び越えてしまうものなのではないか――そう思えば、何も「おかしい」ことなどない。彼女が「普通」を飛び越えた先を「普通」だと認識しようとも、彼女と同じではない自分にはそれを確かめることなど出来ないのだから。

「『君は全人類を下の名前にちゃん付けで呼ばないと死んでしまう病に侵されている可哀想な人間だと思ったんだけど、違ったかな』」
「先輩……流石にそれはちょっと……。第一、そんな病気あるわけないじゃないですか」
「『うん。まぁそれはそうなんだけど、ちょっと言ってみたかったんだよね』」
「……はぁ、そうですか」
「『でも……そうだな、もしその病気にかかってないとしたら、君がどうして彼女を下の名前で呼んだのか分からないんだよね』」
「そ、それは……」
「『君は気付いていないから教えてあげるけど、ちゃんは君の顔は勿論、名前すら分からないって! 誰か知らないけど、残念だったね!』」
「え……?」
「『自己紹介は大事だって言ったのに、その約束を守らないからだよ! ちゃんも返事に困ってるみたいだったし、無理強いは良くない良くない』」
「そんな……」
「えっと、嬉しかったけど、その……ごめんなさい、日坂くん」
「『ありゃ。そこは知らないで良かったのに』」
「同じ学年ですから……。でも、本当にごめんなさい」
 同じ学年、というの言葉に漸く、善吉もその男子生徒の姿を視界に収めて納得する。そう言えば居たかも知れない、というレベルであったが、確かに彼は同学年であった。名前は流石に覚えていなかったので、日坂、という短い苗字を頭で反芻しながら素直にの記憶力に驚く。
 丁寧ではあったものの彼女に断られてしまったことをややあってから理解したのか、日坂の態度が変わり、薄く球磨川を睨みつける気配に、善吉はゴミ袋の結び目に宛がっていた手のひらを地面について、いつでも体を動かせる状態へと持っていく。

「……この人に、脅されてるの?」
「え……?」
「さっきから、この人、なんか変だし、断れないのも無理ないって……僕の告白を断ったのも、ちゃんがこの人に、」
 球磨川がこのまま彼を無傷の状態で帰さないであろうことは善吉にも予想出来ていたし、事前に体勢を変えていたということもあってすぐに動けたため、予想していた「最悪の事態」だけはなんとか避けることが出来た。そして、人間の感情とは、油断ならないものだと善吉は学んだ。「余計なこと」を男子生徒が口走ったということは、流石の善吉でも分かったからだ。
 ちゃん――というワードは、恐らくタブーである。

「『学習しない人間が居ると学校内の雰囲気も悪くなるんだよね。だからさっさと帰ってくれたら嬉しいな……っと僕は思ったわけだよ。ねぇ、善吉ちゃん』」
 咄嗟に身を乗り出した善吉が、日坂の額に突きつけられたネジをすんでのところで止められたのは、恐らく球磨川にその意思が無かったからだろう。いつから、自分が居ることに気がついていたのか――善吉はそう思ったが、それを聞くことはしなかった。球磨川が自ら「言おうとしない」ことは多分、「聞くな」ということだろうと肌で感じたからだ。
「こんにちは、球磨川先輩。何してるんすか……いや、“何しようとしてるんすか”」
「『えー? 見て分かんないかな。彼にお灸をすえてあげようと思ったんだよ』」
「俺にはどう見てもネジにしか見えないですけど」
「『知らないの? 今はネジ型の灸もあるんだよ!』」
 すんでのところ、とは言ったものの、日坂本人は気絶している様子で瞼を閉じたまま、球磨川の細い腕で立たされているような状態だった。額から血は出ていなかったが、善吉の胸中はそれとは裏腹にささくれ立っていた。
 球磨川の腕を解いて日坂の体を引っ張れば、彼はあっさり解放される。目立った外傷はないみたいだが、しばらくは目を覚まさないだろうとその青い顔を見て思えば、こちらを不思議そうに見つめる視線に気が付き、慌てて声をかける。
「よ、
「『あっれー? 無視? 僕泣いちゃうよ?』」
「よ、人吉。まだ残ってたの? あ……もしかして、生徒会?」
「そ。だからこの先輩にもさっさと戻ってきてもらわなきゃなんねーんだわ」
「そっか。お疲れ様」
「おう」
 善吉は、ここでそもそもこんな会話が出来るということが何かずれている気がしなくもないな、と思ったが、それを「ここ」で言うと後が面倒くさくなりそうだと息を吐いて誤魔化した。
 それでもこの空気の中だ。なんとなく落ち着かなかったので頭を掻こうと腕を伸ばしたところで、その利き手に人の重さを感じ、思わず眉を顰める。
「……で? コイツどーするんですか、先輩」
「『いいんじゃない? そこらへんに放置しとけば。流石に僕も人殺しはしないさ』」
「気絶だけですか?」
「『まさか。無かったことにしたよ』」
「何を、だなんて、愚問でしたね」
「『それでも善吉ちゃん、聞きたいって顔してるけどね』」
「…………」
「『でも聞かない。なぜならそれが最良だと分かっているから。善吉ちゃんは賢いから好きだよ』」
「そうですか。俺はあんたなんか嫌いですけどね」
「『アハハ、ありがとう!』」
 堪えていない、という所に憎たらしいと思う感情さえもうとうの昔に忘れてしまったように思う。彼には、球磨川には、何を言っても無駄なのだ。
「人吉も、球磨川先輩も、迷惑かけてごめんなさい」
 ――彼女、以外は。
「『迷惑なんかじゃないって、善吉ちゃんも言ってるよ。ていうかさ、告白とかされそうになったら前もって相談してよね! ちゃん可愛いから心配だよ』」
「でも……まさか告白だとは思わなかったし、」
「『ちゃん』」
「……善処します」
。これには俺も同意だぜ。毎回“こう”なっちまったら大変だからな」
「……うん」
 善吉は話しながらも、名前が日坂に対してどういう思いを抱いたのか、ということを考えていた。告白されたことに関してではなく、球磨川が明確に彼を襲った瞬間を彼女は間近で見ていて、それをどう思ったのか、ということだ。善吉には、がまるで「何も無かった」みたいに振る舞うその姿が気になった。球磨川はもしかしたら、日坂だけではなく、いま起こったことすべてを、無かったことにしようとしたのではないか? と、確かめるように球磨川の言葉尻につけ足して咎めてみても、彼女は当たり前のように分かったと頷いた。
 それを見てしまえば、この問いの結論には自分の力ではどうやっても辿りつけないような気がした。
 球磨川自身は、間違いなくを好いている。
 そしてがそれに答えている内は、自分が心配することなど何一つないのだろう。
 うまく形容することが出来ないけれど、人間関係にはそういうサイクルのようなもので成り立っている部分がある。善吉にとってのそれが「めだかちゃん」であるように。

 吹き抜けの大きな柱に日坂を立てかけるようにして座らせると、ぐ……と小さな声が漏れた。保健室に彼を連れて行ったところで理由を聞かれたら面倒だし、きっと下校の時刻までには目を覚ますだろうと善吉はもう一度彼の顔色を確認すると花壇の裏に置きっぱなしにしていたゴミ袋を両手に抱え直し、目的の焼却炉近くへそれを置いて、改めてに挨拶をすると二人に背中を向けた。
「それじゃ。先輩も早く来て下さいね」
「『分かったよ。行けばいーんでしょ行けば』」
「じゃ、また」
「じゃあね、人吉」
 がさがさと、今しがた置いた袋が風に靡く音。漸く「日常」へと戻ってくることが出来た、と。いつの間にか力の入ってしまっていた肩をほっと撫でおろす。
 こりゃあ遅刻だな――、と腕時計を確認してぽつりと呟けば、広い校舎の誰も居ない廊下の中、自身の背後に投げられた声に、善吉は思わず振り返った。
 けれども、そこには誰も居なかったために、一度首を傾げると、生徒会室へと先を急いだ。

「『全く、困っちゃうねぇ、善吉ちゃんは。僕が彼女を助けるところが見たかったんだろ? 君っていう男はさ』」