※ヒューマン主(notジータちゃん)
※ベリアルが普通にグランサイファーに出入りしている世界線






「前から思っていたが、意外だな」

 団員の過半数がそれぞれの依頼で出払ったその日。
 一人ひとけのない食堂にてローアインたちが用意しておいてくれた昼食を黙々と口に運んでいると、いつの間にやら目の前の椅子に腰をおろしてこちらを眺めていた堕天司が思いだしたような声色で呟いた。
 彼の名はベリアル。かつては互いに殺しあいをした間柄であったが、今は敵か味方か分からぬ中途半端な立ち位置にいる男である。一体何があったというのか、うちの団長が彼の出入りを認めたため、こうして気まぐれにグランサイファーに顔を出しては団員や団長にちょっかいをかけて帰っていくよくわからない男だ。
 ベリアルは言動や行動からすでに理解させられる程度には掴みどころがない男でありながら、戦闘の実力は確かなものでいつだって気配は希薄だ。その証拠に、こうして話しかけられた今も当然のように気配がなかったため、話かけられるまでまるでその存在に気が付かなかった。彼に、こちらに危害を加える気がなかったせいもあるだろう。
 突然の問いかけに料理から顔を上げれば、彼はにこやかにこちらを見ていた。その顔を見て、珍しいこともあるものだ、とふと思う。
 ベリアルは無駄に口数の多い男だ。だから、どこに居ても誰かが視界に入れば会話をしようとしてくるし、時には体に触れようともしてくる。けれど今までの一度も、食事中に声をかけられたことはなかった。
 意外だ。
 先ほどベリアルにかけられた言葉と同様の感情を抱きながら、残りの料理を平らげ、なおも私を射抜く視線に応えた。
「なにが?」
 首を傾げ、一度瞬く。
 するとベリアルは思わせぶりにテーブルに肘をついて、鷹揚に言った。

「オレのことさ。はオレを邪険にしないんだな、と思って」
「邪険?」
「ほかの連中を見てみろ。オレが話かけるだけで嫌な顔をするだろう。まあ、そんなことは当然なんだが。キミはそうしない」

 ついた肘はそのままに、ベリアルがため息を吐きながら肩を竦める。やれやれというよりは理解できないという態度だ。

「ああ……そうだね」
「なぜ?」
「なぜ、って……してほしいの?」
「いや」
「じゃあ、いいでしょ。このままで」
「それじゃあ答えになってない」

 どこか不満そうな顔で堕天司が言う。
 私は「うーん」と考え込む素振りを見せながら、それとなくお皿を洗いにキッチンへと向かう。
 ベリアルは椅子に座ったままそんな私の背中を目だけで追いかけていたが、十秒もしない間に立ちあがりこちらに歩みを寄せた。
 頭一つ分高い位置から、ベリアルが私を見下ろす。
 その視線を感じながら行う皿洗いは苦行の様相を呈しつつも、思考がまとまるまでの時間稼ぎに最適ではあった。しかし、洗い物の数が少ないこともありそれはすぐに終わってしまった。きゅっと蛇口をひねる音を最後に、ふたたび静寂が訪れる。
 仕方がないので、私はベリアルを見上げた。彼は律儀に私からの返事を待っている。
 その顔を見て、真っ先に思い浮かんだ感想がひとつ。

「ベリアル、結構いいやつだよね」
 そんなわけはないのだが。
 本当にそんなわけはないのだが、どうしてか確かにそう思ってしまった上に、これ以上返答を待ってはくれそうにない現状がここにあり、思い浮かんだ感想をそのまま告げるしか選択肢はなかった。
 けれどもやっぱりそんなわけはなかったので、ベリアルは私の言葉を聞き届けると一度柔和に目を細めてから前触れなく獰猛に笑った。
 見慣れた笑みだ。
 殺しあっていた頃、見飽きるほどに見させられた笑い。
 その笑顔のまま、ベリアルは私の首へ太い腕を向かわせた。刹那、ロクな抵抗もせず首を掴まれ勢いよく床へ叩きつけられれば、うっと声が漏れたが、彼から目は逸らさない。
 直視していた先にあったベリアルの紅い瞳はゆらゆらと不自然に揺れている。そうしてキン、と音を立てるみたいに強く光ったかと思えば、波が収まりを見せていく。
 押し倒された体勢では身動きも十分に取れない。徐々に近づいてくる男の秀麗な顔。
「咥えてみせろ……」
 ぼそり、と小さな声でベリアルが何かを呟いた。
 勝利の確信に似た声色だった。
「アナゲンネーシス」
 頭を過る過去の戦い。酷く濃度の高い魅了に、数多の仲間がベリアルの前で膝を付かされた。

 だが、この男は大事なことを忘れている。

「……い…………」
「…………?」

「…………重い、ってば!!」

 それが妙にムカついたので、私はありったけの力を込めて唯一自由だった利き腕を持ち上げ、ベリアルの象徴とも言える部位を殴り飛ばした。

「~~~~ッ!? あっ、ハッ ァ、ぅうッ!」
 私の上にまたがるように体を預けていた男が、不自然にびくびくと跳ねる。一瞬、喉を晒すようにのけ反った長躯は、すぐに元の形に戻り私の上へ倒れこんでくる。
 ハァハァと熱い吐息が、温度が移ってしまうほど大量に私の首筋に浴びせられる。
 ベリアルはそうして数十秒ほど人の上で体を丸めてから、とろけた目で私を見つめた。
「キミ……そういや効かなかったな……フフッ……遠慮がなさすぎて達しちまった……使い物にならなくなったらどうしてくれるんだ……」
「……あんなに戦ったのに、忘れる方が悪いでしょ」
 効かない。
 そう、私に魅了は効かない。
 おかげでベリアルとの交戦の度に前線に駆り出されることとなるのだが、本当に「あんなに戦った」としか言いようがないほど一時は顔を合わせていたから、忘れている方が悪いのだ。
「イイねえ! 今の! そうだ、オレたちは何度も殺しあった!」
 とろけた顔のまま、ベリアルが下半身をぐいぐいと私の腰へ擦り付けてくる。達した、との通告にそのズボンの下が想像出来てしまい、なんとか避けようとしたが、先に動いた男の両手がそれを許さない。
 がっしりと掴まれた脇腹と尚も腰を振るベリアルのしつこさに、まあ私の下半身は鎧に覆われているし少しくらいいいか、とため息を吐くとベリアルは私の頭上でまた「うっ……」と聞き捨てならない恍惚の声を漏らした。

「ねえ……ベリアル。まさかとは思うけど今……」
「ああ。また達した」

 それがどうかしたか? とでもいいたげな顔になぜかこちらの方が怯んでしまう。強気の変態ほど言葉を噤ませる存在もないかもしれない。


 二度達したお陰で頭もすっきりしたのか、ベリアルは執着の匂いすら残さずあっさり私を解放すると先に立ちあがり、こちらへ手を差しだした。
 断る理由もないのでそれを受け取りゆっくりと立ちあがると、ベリアルは今しがた触れた己の手を見つめた後「……オレが言えたことじゃないが」とどこか申し訳なさそうな顔で私を見やった。

……キミは変態だな」
「心外だ。心外すぎる」
 あまりに人権を無視した発言に食い気味に否定を寄こすと、ベリアルは楽しげに犬歯を見せて笑う。
「オレを二回もオーガズムに導いた女はキミが初めてだ。誇れよ」
 直後、人生で一番いらない称賛を得てしまった気がしてゾッとしたが、至ってベリアルは真面目に言っているらしいと察し、また口を噤む。今言い返すのは得策ではない。
 ただ、ベリアルは私の不服そうな雰囲気を感じ取ったのだろう。
「なあ。これでもまだオレのことをいいやつと宣うつもりか?」
 しかし、聞こえてきたのは見当違いなそれだったので、あれほど我慢していたというのに、思わず口が滑った。
「だって私、ベリアルのこと別に嫌いじゃないし」
 ぽかん、と開くベリアルの薄い口。
 きょとん、と丸められた紅い目がすこしずつ弓なりに歪んでいく。
「ハハハッ! マジ! 正気かよ!?」
 大げさに笑うベリアルの手のひらが、おもむろに彼自身の下半身へ向かう。
「……んぅ、ハァ……キミはオレを何度イかせれば気が済むんだ……」
 大きな手のひらによって、ぎゅうぎゅう、と固い布越しに乱暴に掴まれたそこから、水気を含んだ嫌な音が聞こえる。

「いや……勝手に興奮してるのはそっちでしょ」
 反射的に嫌味を返すも、ベリアルは一人何かを理解した顔でうんうんと頷くと、あれほど興奮していたのが嘘のように静かな声で言った。

「ところで、ついでにもう一つ聞きたいんだが。キミ、オレに魅了かけただろ」


悪魔は忘れたふりをする